【アロマラント通信2017年1月号】

  • 2017.01.17 Tuesday
  • 19:55

JUGEMテーマ:アロマ

 

■INDEX

1. 記事:冬の精油【1月の過ごし方】  雪江奈津代

2 ドイツ雑感【ベルリン生活の思い出】

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暖かい新年を迎え、気持ちも新たに2017年がスタートしました。

皆さまにおかれましてはお健やかに新しい年をお迎えのこととお喜び申し上げます。

本年も「お客様に喜んでいただく」ことを第一に、深谷商店スタッフ一同取り組んで参りますので、

変わらぬお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。

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1 記事

冬の精油【1月の過ごし方】

          IFA認定アロマセラピスト・ITECアロマセラピスト  

          雪江奈津代

 

今年は年末年始も例年になく暖かく、皆さま外出することも多かったのではないでしょうか。

人の多い場所に出掛けるときは、やはり風邪などの予防がとても気になります。

既に受験シーズンにも突入、ノロウィルスやインフルエンザなどの流行もあちこちで耳にするいま、

マスクだけでなく精油も使ってしっかりと予防していきたいところです。

では、一般的によくいわれている、冬にマッチする精油を下に挙げてみました。

 

【冷え対策】

スウィートマジョラム、ジンジャー、ベンゾインなど

【風邪・インフルエンザ予防】

ティートリー、ラヴェンサラ、ユーカリ、ラベンダーなど

【スキンケア】

サンダルウッド、フランキンセンス、パルマローザ、ローズなど

 

まだまだ色々ありますが、これらを部屋の芳香浴や入浴にスキンケアなどにも使用することができます。

 

知人の幼稚園でのお話

あるクラスの先生がアロマに詳しく、自分のお教室に毎日アロマポットを使ってティートリーを焚いていたそうです。そのクラスは、インフルエンザが流行して周りのクラスに欠席者が増える中、学級閉鎖にならずに済んだというのです。

ティートリーだけでなく、時間帯によって少しラベンダーやレモンなどをブレンドしたりもして、免疫力が落ちるこの時期をサポートしていたとのこと。

精油の効果は、さり気ないですが強力です。少量で効果はありますので、日々の生活に自然と取り入れるのがベスト。

 

我が家もティートリーやラベンダーは洗面所に常備し、子供たちが当たり前のようにティートリーでうがいをしています。流感が気になるこの時期は、やはりティートリー大活躍です。

スキンケアには、シアバターたっぷりのオリジナルクリームを。精油なしでも十分保湿になりますが、ローズやベンゾイン、フランキンセンスをブレンドすると保湿・美肌効果はもちろん、気分も温めますのでお勧めです。また、あかぎれなどにはパチュリーとラベンダーのハンドクリームもお勧めです。

 

1月の過ごし方】

お正月の雰囲気がなんとなく残る1月。

日本では、おめでたいお正月〜明るい一年の始まりの月といったイメージがあると思うのですが、いかがでしょうか。

イギリスでは、12月のクリスマスのお祝いが終わり、年始の賑やかなカウントダウンが終わってしまうと、

1月は「寒い・暗い(お金もない)」最も鬱々とした月が待っているといいます。

まさに、クリスマスブルーというわけです。

このブルーを何とかするために、イランイランがお勧めといわれています。

鬱々とした雰囲気を払拭し、心配症やネガティブな考えを前向きに転換する効果があると言われているからです。それでいて、血圧を抑え鎮静効果があるので、12月の興奮状態をCalm downできるというわけです。

 

日本はとても素晴らしいお正月文化を持っていますから、1月が暗い鬱々としたイメージだという人は少ないと思いますが、年始の月、この1年の目標を立てたりと色々考える月でもありますね。

イランイランのような前向きな精油の力を借りて、より良い1年になるよう希望や目標を立ててみましょう。

「・・・なりますように」ではなく「・・・なります」と。

ポジティブなアファメーションで。

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2.  ドイツ雑感【ベルリン暮らしの思い出】

 

東独或いは東ドイツという国名に覚えがありますか。

消滅して今年(2017)27年になる国です。

ベルリンの壁が崩壊したのが1989年ですからその後はあっという間に一つの国が消えた事になります。

明治維新を体験した福沢諭吉は「一身にして二生を経たり」と晩年に語っていますが、ドイツ人の大部分もこの感を抱いているのではないでしょうか。

27歳以下のドイツ人はすでに東独を知らない世代ですから、まことに往時茫々。

 

筆者は西ベルリン居住でしたが、毎週月曜日〜金曜日を東独で通訳仕事のため過ごしていました。

こんな暮らしをしている日本人はけっこういたものです。30代の男が多かった。

東独へは日本企業がプラント建設や技術援助のため進出していました。

日本の技術者はドイツ語などできませんから、現地で通訳を雇います。

正社員ではありませんから保証など一切ありませんが、賃金は良かった。通訳の方も職場が気に入らなければ直ぐおさらばしますので、保証は拘束と見做すと考えんばかりのさばさばした関係でした。

こういう通訳は音楽や美術などの芸術家の成り損ないが多かった気がします。

ベルリンには美校と音大というドイツでも一流の芸術教育機関があり世界中から留学生を受け入れていました。

音大を出たからといってベルリンフィルのメンバーに登用される訳でもなく、結果失業中の卒業生がブラブラしているのです。

何故こう芸術家の卵が増殖するかと言えば、ボンにある西ドイツ政府の政策が「芸術都市ベルリン」だったからです。赤い海に浮かぶ自由のショーウインドウは芸術バブルを謳歌していました。

とにかく気前よく補助金が出る、企画が実施され予算がつく。芸術家の卵や批評家やその他芸術にぶら下がって飯の種にしている人種にとって西ベルリンはお金のジャブジャブ沸いて来る極楽でした。

日本人留学生或いは留学崩れはそのおこぼれに与かっていたわけです。

 

パリにもこの手の日本人は多かった。

さすがに文化伝統のある一国の首都ですからそれは当然として、西ベルリンのような閉鎖都市が補助金漬けになるとスキャンダルが多発して腐臭がしました。嫌な奴や気取り屋も多かったとはいえベルリンの弁護をすれば、「外国人として暮らしていても、気詰まりな思いをせず、じろじろ眺められず、放っておいてくれる自由で気ままな雰囲気を持つ」ドイツ唯一の都市、それがベルリンであり町の伝統でした。冷たいのではありませんが他人に無関心、この点がパリと共通です。

このコスモポリタン気質がユダヤ人を引きつけた様で、ナチに散々な目に遭わされながら再び中欧最大のユダヤ人人口を抱えるに至っています。この気質、雰囲気はベルリンをライバル視しているウイーンには無い様ですね。

ウイーンは観光客には微笑みますが、住み着く日本人には意地悪な顔を見せるそうです。

 

こういう自堕落で気ままなベルリンを毎週月曜日早朝車で離れ東独領内のアウトバーンに入って行きます。

(深谷)

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メルマガ発行者:深谷商店

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